研究紹介Research

磁気キャパシタンス効果

近年、磁気キャパシタンス効果は、静的なスピン蓄積や動的なスピンダイナミクスに関する新たな学術的知見を与える一方で、高感度磁気センサ、省エネメモリ、大容量蓄電材料への応用も期待されていることから、国内外で大きな注目を集めています。

磁気キャパシタンス効果とは磁場によってキャパシタンス(=静電容量C)が変化する現象です。これまでに、磁気キャパシタンス効果はマルチフェロイック材料、スピントロニクスデバイス、磁気スーパーキャパシタ、有機ヘテロ接合など、様々な物質・材料・デバイスにおいて発見されてきました。その中で、私たちは、スピントロニクスデバイスにおける磁気トンネル接合(MTJ)に注目して、従来より研究を行ってきました。

MTJは2つの磁性層の間に絶縁層が挟まれた構造となっています。絶縁層の厚さは数nm程度と極めて薄いため、量子力学的なトンネル効果により電流が流れます。つまり、抵抗(R)を持ちます。一方で、絶縁層があるため、キャパシタンス(C)も持ちます。このキャパシタンスが磁場によって変化する現象を私たちは初めて発見しました(JAP, 2002)。トンネル効果を利用した磁気キャパシタンス効果でしたので、トンネル磁気キャパシタンス(TMC)効果と名付けました。

磁気キャパシタンス効果イメージ図

しかし、当時のキャパシタンス変化率(=TMC比)は数%程度と小さく、また、そのメカニズムもよくわからなかったため、あまり注目されませんでした。その後、高品質MTJを作製できるようになり、2015年に、ついに、150%を超える巨大なTMC比の観測に成功しました(APL, 2015)。また、そのメカニズムについても、量子論と誘電体論を組み合わせた新たな理論計算により明らかにすることができました。

磁気キャパシタンス効果イメージ図

さらに、2017年に、通常のTMC効果とはキャパシタンス極性が逆の現象となる逆磁気キャパシタンス(iTMC)効果の観測にも成功しました(Scientific Reports, 2017; 日本経済新聞; Phys. org; Science Daily; EE Times Japan; IEEE Spectrumなど国内10件、海外20件のメディア報道 )。その翌年、電圧を印加するとTMC効果が増大する電圧誘起磁気キャパシタンス効果も見出しました(Scientific Reports, 2018; まてりあ, 2020)。

最近では、2021年に、332%の巨大なTMC効果の観測に成功しました(Scientific Reports, 2021; 慶應義塾大学プレスリリース理工学部プレスリリース日本経済新聞日刊工業新聞EETimes Japan)。 さらに、2022年に、絶縁体としてMgAlOを用いることで426%の巨大なTMC効果の観測にも成功しました(Scientific Reports, 2022; 慶應義塾大学プレスリリース理工学部プレスリリース日本経済新聞マイナビニュースマピオンニュース)。

今後もTMC効果に関わる新たな現象の発見、そして、その性能向上が大いに期待できます。また、MTJに限らず、他のスピントロニクスデバイスやさまざまな分子系材料(=容量性があり、スピン偏極している材料)でも見出されると考えられます。実際に、磁気ナノグラニュラー2次元薄膜(=薄い絶縁層中に磁気ナノ粒子を分散させた2次元材料)において、これまでの磁気感度を超えるTMC比の観測に成功しています(APL, 2020)。このような物質・材料・デバイスは革新的次世代デバイスの創製に大きく寄与するものと期待できます。

磁性薄膜エッジを利用したナノスケール接合

ナノスケール接合では、コンダクタンスの量子化やスイッチング効果、巨大磁気抵抗効果、巨大熱電効果など、様々な興味深い物理現象が見出されています。このようなナノスケール接合を作製する手法としましては、光リソグラフィーや電子線リソグラフィー、ブレイクジャンクション法やナノインデンテーション法など、様々な手法が提案されています。

このような中、私たちは磁性薄膜のエッジを利用したナノスケール接合を提案しています(Nanotechnology, 2010; JAP 2015; Applied Surface Science 2016; 特許第5773491号; US Patent 8795856; 電気学会誌「特集記事」 2019; Nanoscale Advances 2022)。このデバイスは、磁性薄膜のエッジとエッジが直交しており、エッジ間に分子が挟まれた構造となっています。この構造では、薄膜の膜厚によって接合面積が決まりますので、究極的には、1nmの薄膜を用いれば、1nm x 1nmの超微小接合も可能になります。

磁性薄膜エッジを利用したナノスケール接合イメージ図

また、エッジ間には様々な分子を挟むことができるため、巨大磁気抵抗効果や電圧スイッチング効果などの新規な物理現象が見出されると期待しています。これにより、従来にない高感度磁気センサや超高密度メモリへの応用も期待できます。 実際に、最近、磁性体/分子/磁性体ナノ接合デバイスで室温で初めて磁気抵抗効果の観測慶應義塾大学プレスリリース物情HP; Nanoscale Advances 2022; ホワイトペーパー 2023)に成功しました。

磁性薄膜のエッジを利用したナノ接合デバイスにおいて、室温でのスピン信号の観測に成功

磁性薄膜/有機膜を用いたフレキシブル磁気センサ

近年、歪みを利用したフレキシブル磁気デバイスが大きな注目を集めています。例えば、応用工学的には、磁気トンネル接合を用いることで生体磁気センサが開発され、これにより心臓の磁場分布の可視化に成功しています。また、歪みを利用することで磁気異方性をコントロールし、これにより磁場を用いることなく抵抗を変化させ、高感度マイクロフォンに応用させる試みもあります。同様なコンセプトから高感度歪センサへの応用も提案されています。基礎的な観点からも歪みを導入することで電子状態を変化させ、これにより磁気特性を変化させるそのメカニズムもとても興味深いと考えられます。

私たちは従来より有機膜上の磁性薄膜に注目して研究を進めてきました。有機膜にはポリエチレンナフタレート(PEN)を用いています。PENは表面がフラットで、ガラス転移温度も高く、透過性も高い特徴があります。このPEN上に磁性薄膜を成膜した材料において、磁気抵抗効果や磁気光学カー効果など見出してきました(JAP 2008, 2012; Applied Surface Science 2009; IEEE Trans. Magn. 2010; Trans. Res. Net. 2012 [Review article])。

磁性薄膜/有機膜を用いたフレキシブル磁気センサイメージ図

最近ではPENを凌ぐ性能の有機膜も開発されています。実際に、ポリカーボネート有機膜を用いることで、新しいタイプのフレキシブルセンサの提案歪みを利用した磁気異方性変調J. Magn. Magn. Mater. 2023)に成功しました。

NiFe磁性薄膜/PC有機膜における磁気異方性変調

創発磁気インダクタンス

近年、量子力学的なインダクタ「創発インダクタ」が大きな注目を集めています。創発インダクタは、非共線的な磁気構造、例えば、らせん磁気構造を電流により駆動させ、発生したスピン起電力をインダクタンスとして検出した現象です。従来の古典電磁気学に基づくインダクタ(コイル)では、入力電流と出力電圧の比に対応するインダクタンスは断面積に比例することから、インダクタの微細化は難しいとされてきました。一方で、創発インダクタでは、素子の断面積を小さくするに従い、インダクタンスが増大することから、インダクタの微細化につながると期待されています。

従来のインダクタと量子力学的な創発インダクタ

これまで創発インダクタには、らせん磁性材料が用いられてきました。それに対し、私たちは、磁性薄膜に階段状磁場を加えることで、非共線的な磁気構造の一種である磁壁を効率的に発生させ、これにより室温・低磁場での創発インダクタンスの観測に成功しました。磁場により創発インダクタンスが変化することから、本現象を「創発磁気インダクタンス(EML)効果」と名付けました。

EML効果では、小さな磁場(~数ガウス)で大きなインダクタンス変化(~1マイクロヘンリー)が生じます。1マイクロヘンリーは市販品のインダクタンスと同水準の大きな値です。実験のみならず、理論的な検討も行ったところ、スピンの運動方程式を記述するランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式と統計論を組み合わせた新たな計算手法により、実験結果をよく説明できることがわかりました。本成果により、量子、スピン、誘導性(インダクタンス)が互いに相関し、融合した新たな学問が切り拓かれるものと期待できます(Applied Physics Letters 2024; 慶應義塾大学プレスリリース; 日本経済新聞; EE Times Japan)。

創発磁気インダクタンス効果

光照射による表面形態/磁気転移現象

磁性体で構成されているナノドット、ストライプ、ワイヤー、ナノチューブ等の磁気ナノ構造では、保磁力が増大したり、電流により磁壁が動いたりする等、様々な興味深い現象が見出されています。このような磁気ナノ構造を作製する手法として、リソグラフィーを用いる方法、シャドーマスク法、イオン照射法等、種々の方法が提案されています。

このような中、私たちはFeAl合金にナノ秒パルスレーザーを照射すると、その表面形態が変化すると同時に、常磁性/強磁性転移を示すことを明らかにしました(北海道大学渡辺研究室、東北大学吉見研究室との共同研究; APL 2013; JAP 2014, 2015)。表面形態に関しては、ナノストライプ構造、ナノネットワーク構造、ナノドットパターン等の興味深い構造が得られます。そして、この構造相転移に伴い、磁気特性は常磁性から強磁性に転移します。これらの結果は、光照射により、表面・内部構造のみならず、磁気特性も制御できることを示しています。現在、我々は同手法を用いて、従来にない新しいタイプのナノ構造磁性材料探索研究を推進しています。また、本系において、スピントランスポートも調べ、横断的新境地研究分野の開拓を目指しています。

光照射による表面形態/磁気転移現象イメージ図

磁気物理インフォマティクス

実験的な研究に加え、私たちはさまざまな計算・シミュレーション・数理モデリングも行っています。たとえば、実験的な研究を行うと、新たな物理現象を発見できます。その新現象のメカニズムを明らかにするため、独自の数理モデルを提案・構築します。その数理モデルに基づき、PythonやC/C++などでプログラムを作成し、実験結果と比較します。数理モデルによる計算結果と実験結果がよく一致すれば、メカニズムを解明できたことになります。さらに、その数理モデルに基づき、新たな現象を予言したり、性能を上げるための提案を行ったりします。私たちの研究室では磁気物理を基軸とした研究を行っていますので、このような実験・計算論的研究手法を磁気物理インフォマティクスと呼んでいます。

計算論的な観点からは、現在、下記のテーマに取り組んでいます。

・量子論と誘電体論による数理モデリング
・第一原理バンド計算(Quantum Espresso)による遷移金属の状態密度・スピン分極率計算
・磁気センシング用SPICE回路シミュレーション
・スピンを用いた新しい機械学習・ディープラーニングの提案
・OOMMFを用いた磁化状態計算
・イジングモデルを用いた薄膜・ナノ接合系のスピン計算

このような計算論的アプローチにより、実験結果を解析・説明し、さらには性能の向上・新しい現象の予言を目指しています。

磁気物理インフォマティクス

このように、当研究室では、磁性、誘電性、ナノ科学、さらには、光学、分子化学、フレキシブル工学が融合した新たな分野横断的最先端研究を推進しています。その中で、実験的研究と計算機科学を融合させた新しいアプローチによる基礎・応用研究に取り組んでいます。これにより「次世代デバイス」の創製、並びに、その学理の確立を目指しています。